「知的文化資産雑考」

人そのもの、また人が考えたもの(こと)は全て貴重な知的文化資産だ。 知的文化資産 知的文化資産あるいは知的文化資本というキーワードが多くの人に使われるようになって欲しいと思う。 人は誰でも知恵を持っている。人は誰でも考える。 そうすると何らかの「こと」が生まれる。 大げさに言えば「創造」 遠慮しえ言えば「思いつき」 何れにせよ、知的な活動(頭を使った!)からには「知的」! 文化のひとかけら、人間の営みに、何らかの役に立つもの。 それが「文化」の一部分でもあるとするなら言うに及ばず。 要は人間の考えた何ものかは「知的文化」の断片のようだ。 これが人間の共通の財産と言うことになれば、決めよう! それは「知的文化資産」だ。 人間オギャアと生まれれば、立派な「知的文化資産」誕生だ。 その存在は世の中に喜びをもたらし、多くの人を幸せにし、笑顔を生み出す。 さらには、病院を活気付かせ、小児科医療の発展に尽くし、付随的な各種資産形成、増大に計り知れない貢献をする。 知的財産 このキーワードは定義はいろいろあるけれども、一般化している。 一昔は、特許等を「工業所有権」あるいは「産業財産権」とかある種の秩序に従って使用されてきた。 「知的財産」も、上のような考えに立てば、「知的文化資産」の一ジャンルに過ぎない。 人間が生み出した知的文化の貴重な資産を大切に保護し、それにより、さらに新たな知的文化資産を創造する動機付けを行うのというのが、本来のいわゆる知的財産権制度の根源でなければならない。 あまりに、行政的配慮が強すぎると、その創造支援よりも秩序維持に力点がかかり、発展を阻害する。 これから頭で伸びる日本であるとすれば、もっとおおらかな政策的判断が不可欠である。

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